北大阪急行電鉄 きたおおさかきゅうこうでんてつ
千里中央〜かやの中央 せんりちゅうおう〜かやのちゅうおう 2.5km
わずか6キロあまりの路線長であるのにもかかわらず、
日本で最初の本格的な大規模ニュータウンである千里中央と、
大阪の中心部とを便利に結ぶ事で準大手私鉄として扱われる、北大阪急行電鉄。
実は、この北大阪急行線でも、将来路線の延伸を行う計画がある。
北大阪急行電鉄の路線は、現在1本しかなく、南端である江坂駅で
大阪市交通局地下鉄御堂筋線と接続し、北端である千里中央駅で行き止まりになっている。
しかし、千里中央駅でホームの北端まで行くと、トンネルが100メートルほど奥まで延びているのが確認できる。
これは古くから、北大阪急行線がさらに北へと延伸されることが考えられている証とも言えるものなのだ。
一方で、延伸する先にある大阪府箕面市では、萱野地区の区画整理事業が持ち上がり、2003年10月、
萱野地区に箕面マーケットパークヴィソラという名の大規模商業施設が完成、
萱野地区は流通や娯楽の拠点としてにぎわうようになっている。
大阪府箕面市では、かねてから北大阪急行線の延伸に積極的だったが、
一方で当事者の北大阪急行電鉄は、路線延伸は大規模な投資となることから
延伸には消極的な態度を取っており、両者の話し合いはほとんどまとまらないまま平行線をたどるばかりで、
計画は事実上の頓挫状態となっている。
北大阪急行電鉄は高度経済成長期のさなかに行われた大阪万博に乗じ、
建設費用をわずか半年で返済したとも噂されており、投資回収額がよほど容易でない限り
乗り気にならないようで、今後の大阪府や箕面市の出方が注目される。
このまま実現が単なる夢に終わる可能性も否定できない北大阪急行線の延伸問題。
デジカメを手に、これから路線が延伸されるとされる場所の姿を追ってみた。
旅のスタートは北大阪急行電鉄の終着駅である千里中央駅から。1面2線(乗り場が一つ、線路が二つ)の典型的なスタイルだが、上部が吹き抜けになっていて、上にある地下通路から下に停車中の電車を眺められるという、一風変わった造りとなっている。改札口へと向かう階段の上から乗り場の光景を撮影してみる。北大阪急行電鉄の保有である8000系車両が左に入ってきた。右側には大阪市交通局の車両である10系が停車中。また、この駅でならされる到着予告メロディーは、季節によって曲が変更されることでも知られている。
2005(平17)12.26@千里中央駅
千里中央駅のホームの北端部まで行ってみると、トンネルが100メートルほど奥まで続いているのが確認できる。これは千里中央駅建設時に、将来さらに北へと延伸することを見込んで、最初から掘り込まれてあるものなのだ。しかし、残念な事にこの奥へ電車が走り去っていく、あるいは奥から電車が走ってくる光景が見られるようになる確率はかなり低いと言わざるを得ない。日本では第3セクター方式で運営される鉄道会社が新線を建設する場合に公的補助が受けられるのだが、その補助金支出先となる大阪府などの自治体が財政難である上に、建設を行う第3セクター会社を設立する旗振り役の北大阪急行電鉄も余計な出費を出来るだけしたくないのだ。
2005(平17)12.26@千里中央駅
結局箕面市のかやの中央に完成した箕面マーケットパークヴィソラの開業までに北大阪急行線の延伸が行われなかったため、この区間を阪急バスの運行する有料シャトルバスが往復するようになった。運賃は一乗車210円で、途中のバス停は全て通過するという便利な存在だ。ちなみに、箕面マーケットパークヴィソラが開業した2003年10月から2004年1月頃までは、余剰廃車直前で運賃箱をふさがれた車両を使った無料シャトルバスも運行されていたが、現在は走っていない。両者とも同時に走り出しただけに、当初の無料シャトルバスの人気は相当なもので、有料の方は空気輸送に近い運行振りだったものだ。もう一つトリビアを。現在のような箕面マーケットパークヴィソラのラッピングをまとったバスは当初はなく、伊丹営業所から低床バスを借りて運行していた。現在も伊丹営業所からの借り入れが行われているのかはわからない。
2005(平17)12.26@千里中央バスターミナル
これが有料シャトルバスの時刻表である。昼は約20分間隔で運行されており、少々使い勝手が悪いが、これはかやの中央方面を通るバスが他にも数系統運行されているためと思われる。行きのバスに乗ってかやの中央で降りると、箕面マーケットパークヴィソラで買い物をした後でも金銭的な負担が増えないよう帰りの乗車券をもらえるという、利用者本位のサービスが嬉しい。ちなみにこの有料シャトルバスには、箕面駅や粟生団地へ向かうバスが発車する場所と同じ場所から発車しているので注意。かつて走っていた無料シャトルバスは、小野原東方面へ向かうバスの乗り場のすぐそばから発着していた。
2005(平17)12.26@千里中央バスターミナル
千里中央駅を出て北側へと進み、新御堂筋へと入る交差点で、かやの中央から千里中央近くまで戻ってきた有料シャトルバス。かなり勢いよく左側へ曲がっていったため、画像が随分とぶれてしまった。この有料シャトルバス、無料シャトルバスが運行されていた時期はほとんど存在価値のないものであったが、今では客の少ない時間帯でも座席の半数以上が埋まっている事が多い。ただ、この有料シャトルバスが人であふれかえっている様子を私は見たことがない。単に私の行動時間帯が限られているだけで、実はもっと混む時間帯があるのかもしれないが、こんな状況じゃ大量輸送手段である鉄道をわざわざかやの中央まで延伸する必要があるのかとも思われるほどだ。
2005(平17)12.4@千里中央〜新船場間
千里中央駅から新御堂筋伝いに1キロほど歩くと、高度経済成長期に造成された企業団地である新船場地区に入る。繊維卸売りの中心地として活気付いていた船場のようなにぎやかで活力のある場とすることを願ってこう付けられたそうである。写真に写っているのは、新船場地区にある阪急バスのバス停の中でも南にある新船場南橋バス停。このすぐ右側を新御堂筋が通っており、延伸予定地はその地下となる。ちなみに、新船場地区には、千里中央駅とを結ぶ循環バスが運行されており、現在のところ延伸が行われないことによる地元からの不満は上がっていないようだ。
2005(平17)12.4@新船場南橋バス停
千里中央駅からかやの中央地区まで伸びる北大阪急行電鉄延伸線の中間には「新船場駅」(仮称)が設けられる計画がある。ここがその建設予定地と思われる場所で、新船場地区にかかる二つの陸橋のちょうど中間地点の地下になる。中央に写っている道路は、新船場地区を通過する車を速く走りやすくするためのもので、絶え間なく車が高速で走り去ってゆく。この道路を時折、千里中央とかやの中央とを往復する有料シャトルバスも通っていく姿が見受けられる。
2005(平17)12.4@新船場南橋の上
新船場地区にかかる、新御堂筋声の二つの陸橋のうち、新船場北橋の中間からも新船場駅が建設されるのではないかと推測される場所を撮影してみた。やはり数多くの車が真下を通過してゆく光景が写っている。既に新船場地区は車での移動がなじんでおり、公共交通を使うとしてもバスの移動に皆が慣れた状況だ。特に鉄道が必要であるというほどに渋滞が深刻であるというわけでもなく、今後も新船場地区に鉄道路線が乗り入れてくるということはなさそうである。
2005(平17)12.4@新船場北橋の上
この写真の撮影位置からでは分かりづらいが、新船場北橋の近くにも阪急バスのバス停があり、その名も単純、「新船場北橋バス停」。朝や夕方は南橋のバス停と並んで、通勤客で混み合うバス停である。新船場駅ができる場合、この付近に地下駅へと向かうための階段や、エレベーターが設けられると思われる。奥の方には、延伸予定区間の終点となる、箕面市萱野に位置するかやの中央地区が写っている。この写真を見ると、新船場地区が丘陵の上に位置するということがよく分かると思う。
2005(平17)12.4@新船場北橋西詰
新船場地区の北側の入り口である長い坂道の途中から、新船場地区へ通じる道路と新御堂筋との合流地点を撮影。新船場地区は別名、繊維団地コムアートヒルとも呼ばれている。そんなコムアートヒルに、ここ最近新たな動きが出てきている。大型パチンコ店や高層マンションの建設が相次ぎ、ここへ来る人の種類が変わりつつあるのだ。この写真の右側にも、大規模駐車場を完備した大型パチンコ店が写っている。新船場地区はゆっくりとではあるが、私的交通である車中心の社会が進展しつつあると言ってよい。
2005(平17)12.4@新船場〜かやの中央間
昼下がりだけあって人気のない萱野小学校前バス停。ここまで来ると、延伸予定区間の終点であるかやの中央はもうすぐである。延伸線は、左側に写る高架橋の真下ではなく、高架橋の支柱基礎部分の鉄筋に当たる心配がない手前の道路下を通ると思われる。奥のほうに見えている西洋風の建物が、最終目的地となる箕面マーケットパークヴィソラだ。ちなみにこのバス停には、ここ最近阪急バスの各地のバス停に設置が進む、小型の照明器具が設置されている。
2005(平17)12.4@萱野小学校前バス停
地元では緊急時に緊急車両以外の通行が禁止されるほど重要な存在を果たす幹線道路、国道171号線と新御堂筋との交差点である「萱野交差点」の写真3連発。昼でも本当に交通量が多い。延伸線は左と右側の写真に対して真横に通る形になる。2003年10月の箕面マーケットパークヴィソラの開業時は、地元で大きな話題になり、ここから数キロ先の南桜井バス停付近まで渋滞が続くほどに混雑して、その後も休日はよくこの交差点に、車を的確に誘導するための警備員が配置されていたものだ。その頃は、どうして北大阪急行電鉄延伸を実現させなかったのかと疑問に感じたものだったが・・・。
2005(平17)12.4@萱野交差点
遂に延伸区間の終点、かやの中央に到着。この道路の真下にかやの中央駅(私の予想名称。新箕面駅と言う仮称があったような記憶も・・・。)が建設される予定になっているものと思われる。手前に見えているのが、まだ未建設の終着駅の代替機能を果たしているかやの中央バス停。仮のバス停であるといった雰囲気ではなく、しっかりとした屋根にベンチが設けられている。ちなみにこのかやの中央バス停は、千里中央方面のみの設置であり、逆方向の道路上にはない。歩いて数分の場所に「萱野小学校前バス停」があるためである。
2005(平17)12.4@かやのさんぺい橋東詰
かやの中央バス停は数多くの乗客があふれる事を見越してか、バス3台分とかなりの広さが確保されているが、撮影日は天候不順なためか客足が鈍く、バス停は閑散としていた。箕面マーケットパークヴィソラの開業当初はなかなかの混雑振りであったものだが、こうも人が少ないと交通機関はバスで十分であり、北大阪急行電鉄をわざわざ北へ延伸しないでおいて、却って良かったのではないかとすら思えてしまう。ここ最近の休日は、開業後の間もない期間と比べ渋滞も本当に小規模なものであり、ヴィソラブームはもう終わったと見てよいだろう。延伸区間の建設は夢に終わる可能性が高い事は否定できまい。
2005(平17)12.4@かやの中央バス停
かやの中央地区が開発されてから初めての大きな出来事として、核店舗であるカルフール箕面店が、日本の流通業大手のイオングループの手中に収まることとなった。もともとはフランスの流通業者であるカルフールが、日本での消費者の動向読み取りに失敗したからである。フランス人が考えたスーパーは日本人の考えたそれとは一味違うだけに面白いものがあって成功するのではと思っていたが、現実は甘くなかったようだ。同様に北大阪急行電鉄の延伸も、財政難や収益確保の難しさと言う厳しい現実的問題に阻まれ、実現しそうにない。人口の減少や人口の都心回帰現象が始まった今、もはや郊外に大規模ショッピングセンターや大規模住宅地建設とセットで鉄道路線を延伸しようとする考え自体、古いものなのかもしれない。北大阪急行電鉄延伸計画は、このまま時代の流れとともに朽ち果てていくのが現実的な見方ではないだろうか。そんなことを考える私をよそに、一台の有料シャトルバスが千里中央に向かって、エンジンをふかしながら走り去っていった・・・。
2005(平17)12.4@かやの中央バス停付近
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